アンビリバボー!柴田秋雄のホテル再生物語 心をうつ感動実話がヤバイ「働き方は生き方だ」

倒産寸前のホテルを名古屋ナンバーワンの黒字ホテルに
奇跡の再生復活をさせた柴田秋雄さんのホテル再生物語、
2015年11月19日(木)19時57分からフジテレビで放送の
「奇跡体験!アンビリバボー」で涙の感動実話が紹介されます。

柴田秋雄さんとはどんな人物なのか、
アンビリバボーな奇跡のホテル再生物語について触れていきます。
 
 

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アンビリバボー 柴田秋雄 プロフィール


柴田秋雄さんは岐阜県中津川市出身、昭和17年生まれの現在73才。
昭和36年19才の頃、国鉄に入社し
昭和48年31才の頃、労働組合の役員になると国鉄を辞めました。
平成6年52才、「ホテルアソシア名古屋ターミナル」に転職し
販売促進部次長として活躍、
平成12年58才で4期連続赤字のホテルの再生に成功しました。

再生のカギとなったのは、「働き方は生き方だ」という信念。
従業員のやりがいや幸せを最優先に改革を推進したといいます。
ホテルを再生してからは、
なんと7期連続黒字へと素晴らしい実績を残しています。

著書に「柴田秋雄のホテル再生物語」
「日本でいちばん心温まるホテルであった奇跡の物語」などがあります。

アンビリバボー 柴田秋雄のホテル再生物語とは?


バブルが弾けたあとの日本経済の不況により
「ホテルアソシア名古屋ターミナル」は倒産寸前に追い込まれ
そんなタイミングで赴任されたのが柴田秋雄さんでした。

柴田秋雄さんは「雇用対策室長」、つまりリストラ担当として任命され
150人いる従業員を3分の一の50人に減さなければいけない
誰もやりたがらないような汚れ役を任されたのです。

ところが柴田秋雄さんは想定外の行動に出ます。
従業員を解雇しないで、優秀な人材110人!を選んで
他の企業への転職をサポートしたのでした。

これによりホテルに残った人材は優秀な人材ではなく
転職する気も、仕事のやる気もなくなっている者ばかりとなりました。
柴田秋雄さんはいったいなぜこんなことをしたのでしょう?

そんな中、「ホテルアソシア名古屋ターミナル」の幹部たちは
赤字の責任を取って全員が辞職して
白羽の矢が立った柴田秋雄さんは今度は総支配人に任命されます。

やる気のない従業員たち、そして信頼関係が崩れたホテル
柴田秋雄さんはどうやって立て直すのか?

しかしその後「ホテルアソシア名古屋ターミナル」は
名古屋で稼働率ナンバーワンのホテルに生まれ変わり、
「真心ホテルナンバーワン」とさえ呼ばれるようになります。
まさにアンビリバボーですね!
 
 

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柴田秋雄がはどうやってホテルを再生したのか


柴田秋雄さんは、どうやって赤字のホテルの再生に成功したのか?
一番知りたいところですね。
普通は会社が赤字になると経費削減に走りますが、
柴田秋雄さんは、人を変えてホテルを変えようとしました。

ホテルのサービスは、イコール従業員の質でもありますから、
そこをよくすればホテルが良くなるという考えのようですね。
その考えは大当たりして、ホテルの質の向上となり再生になります。

具体的に従業員に対して行ったことは
誕生日を盛大に祝ったり、
社員合宿や社員旅行、イベントを企画して
従業員同士の交流や親睦を深めていったことです。

従業員のいいところを見つけて、どんどん表彰したり
お客様のまえで踊ったり?もします。

「働き方は生き方だ」という信念のもとにこういった取り組みをすすめ
やる気のなかった従業員たちも変わっていき
サービス品質が向上し、顧客も増えきいき
ホテルの数字も黒字となっていったのですね。

感動的なアンビリバボーな実話ですが、
黒字になるまで柴田秋雄さんに任せた経営陣もなかなかやりいますね。
普通は余裕がないから結果を待てずに
早急な手段に走るものだと思いますので。

「人を大事にする」と言葉にするのは簡単ですが
実際に行動するのは、キレイごとではいかないものですよね。

アンビリバボー 柴田秋雄のホテル再生物語 みんなの反応



 
 

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