デットマールクラマー氏の孫クリストフクラマー 日本サッカーの父の死去を彼はどう思うのか

「サッカーはトイレのサンダルと同じだよ」日本サッカーの父と呼ばれるデットマールクラマーさんの言葉です。2015年9月18日、90才で死去されたことがわかりました。

東京オリンピックのコーチや、国内リーグの必要性を訴えてくれた日本サッカーの父。デットマールクラマーさんがいなければJリーグもなかったかもしれないと言ったら大げさでしょうか。

そしてデットマールクラマーの孫クリストフクラマーさんもサッカー選手で、ドイツ代表として2014FIFAワールドカップにも出場しています。
 
 

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デットマールクラマー 日本サッカーの父


日本代表の基礎を築いたとして「日本サッカーの父」と呼ばれているデットマールクラマーさんは、1925年4月4日ドイツのドルトムントに生まれました。

当初はドイツでサッカー選手としてプレーしていましたが、怪我を理由に現役を引退。その後は指導者として生きることに。西ドイツユース代表の監督を務めた歳には、のちに「皇帝」の異名を持つことになるフランツ・ベッケンバウアーを代表に抜擢するなどの目利きの持ち主。

そしてここからが日本サッカーの父の歩みの始まりです。1964年の東京オリンピックに向けて日本代表チームを指導するために1640年にコーチに抜擢されました。代表強化のために日本サッカー協会が外国人コーチを招くことを決断したのでした。

デットマールクラマーさんは日本代表選手らに、手本となるプレーを自らやってみせて実技指導を行いまいした。初歩的な練習を繰り返したことで、選手らから批判があったようですが、だからといって方針を変えようとはしなかったそうです。

批判に負けず方針を貫いた甲斐あってか、迎えた1964年の東京オリンピックでは、強豪アルゼンチンに勝利するなど活躍を見せた日本代表。ついにはベスト8の快挙を成し遂げることに。

役目を終えたデットマールクラマーさんは帰国するにあたり、5つの提言を残していきました。それは

1.強いチーム同士が戦うリーグ戦創設。
2.コーチ制度の確立。
3.芝生のグラウンドを数多く作り、維持すること。
4.国際試合の経験を数多く積むこと。
  代表チームは1年に1回は欧州遠征を行い、強豪と対戦すること
5.高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。

この提言をうけ、1965年に日本サッカーリーグが創設され、コーチ制度、グランド、国際試合などの日本のサッカーの基礎が出来上がっていったのです。

その後、デットマールクラマーさんから直接指導を受けた日本代表がメキシコオリンピックで銅メダルを獲得したときを「人生最高の瞬間」だと言っています。
 
 

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デットマールクラマーの孫クリストフクラマー



デットマールクラマーの孫クリストフクラマーさんは、ドイツの バイエル・レバークーゼンに在籍する24才。代表デビューしたのは2014年5月13日のポーランドとの親善試合にて。

2014FIFAワールドカップでは決勝トーナトメントの1回戦、アルジェリア戦に後半途中出場してワールドカップデビューを果たしました。毎日サッカー日記をつけることで知られるドイツ人らしい?勤勉な努力家。

よく走ることでも知られていて、1試合あたり平均13キロ以上を走破するそのスタミナの強さから「マラソンマン」を呼ばれています。

きっと、祖父デットマールクラマーさんのことを誇りに思っているし、その考え方や技術の基礎も受け継いでいるのでしょうね。

デットマールクラマーさんの「サッカーはトイレのサンダルと同じだよ」という言葉ですが、その意味は、トイレで用をたしたあと、サンダル(日本ならスリッパ)を揃えておこう。つまり人を思いうやろうということ。

サッカーも同じく思いやりで、パスを受ける選手の立場になって、相手が受けやすいボールを出すことから始まると。人生もサッカーも同じで思いやり
が大事であると説いています。


 
 

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