ゴーンガールの実話 悲劇の夫スコットピーターソン事件!死刑?無罪?日曜ファミリアにて(20151011)

2002年にアメリカのバークレーで起こったスコット・ピーターソン事件。デヴィッド・フィンチャー監督の映画「ゴーン・ガール」の実話モデルにもなった事件です。突然失踪した行方不明の妻を探す「悲劇の夫」にまさかの愛人発覚・・・一転して全米中の怒りを買ったスコットのレイシー殺害疑惑には、当時のアメリカブッシュ大統領も注目したといいます。

そんな「悲劇の夫」スコット・ピーターソン事件が、2015年10月11日(日)  19時00分からフジテレビで放送の「日曜ファミリア・世界法廷ミステリー6~映画になった衝撃裁判 トリックvs悲劇の女たち~」で紹介されます。
 
 

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★スコット・ピーターソンの生い立ち


スコット・ピーターソンは、1972年8月にカリフォルニア州のサディエゴで生まれました。父親はアーサー・アンダーソン、母親はジャクリーン・アンダーソンで、5人兄弟の末っ子として育ちました。

父親アーサー・アンダーソンは実業家で、母親ジャクリーンはブティックのオーナーということもあり、スコットは裕福な家庭で子供の頃を過ごしました。

こうしてスコットは地元の高校を卒業したあと、カルフォルニアのポリエティック州立大学大学に進学し在学中、カフェでウェイターの仕事をしていた女性、レイシー・ピーターソンと出会いました。そして二人は1997年に結婚します。

★スコットとレイシーの結婚生活


スコットとレイシーは結婚してから、レイシーが料理が得意なので夫婦でレストランを開業し繁盛、レストランは成功しました。

その後、スコットとレイシーはレストランを売却して、カルフォルニア州のモデストに引っ越しをします。モデストでは、スコットは化学肥料のセールスマンの仕事をしました。

★レイシーが失踪・・・行方不明に


2002年12月24日のクリスマス・イブ、釣りに行っていたスコットが自宅に帰ると、妻のレイシーの姿がありませんでした。

当時レイシーは27才。身ごもっていて、妊娠8ヶ月でした。子供の名前はすでに決めていて、コナー君といいました。

★警察が捜索するがレイシーは見つからず


警察によって捜査が徹底的に行われましたが、レイシーを見つけることはできないでいました。地元のボランティアも協力して、報奨金を出すなどもして、妻を探すスコットに同情の声が寄せられるほどでした。

★警察はスコットを疑う


そんな中、警察は夫であるスコットを疑います。捜査に協力的なスコットでしたが、悲しむ様子がなく気さくに振る舞うのその態度に疑念を持っていたのです。
レイシー捜索に行き詰まっていた警察は、有力な容疑者としてスコットに目をつけました。

容疑者は175人リストアップしていると発表した警察でしたが、実はスコット一人に絞って捜査を進めていた模様。ただ、レイシーの家族はスコットを信じかばうのでした。

しかし、警察がスコットの電話を盗聴した結果、不倫相手の存在が判明し、それを知ったレイシーの家族は一転してスコットを疑うようになったといいます。

そしてレイシーの捜索から4ヶ月が経ったとき、意外な結果が待っていました。

★レイシーが遺体で見つかる


2003年4月13日、サンフランシスコ湾の東部で、首のない女性の遺体が発見されました。そして同時に、へその緒がついたままの胎児の遺体も発見されました。

女性の遺体をDNA鑑定した結果、前年クリスマス・イブに失踪したスコットの妻レーシー・ピーターソンとその赤ん坊であったと判明します。

★スコット・ピーターソン逮捕


スコットは、カルフォルニア州モデストの自宅でなく、実家のあるサンディエゴにいるところを警察によって逮捕されました。また、ゴルフ場の駐車場で逮捕されたのですが、そのときスコットは髪を金髪に染めてひげを伸ばすなど、別人のような風貌でした。

逮捕されたときのスコットの所持金は15,000ドルで、携帯電話を4台持ち、他にも、ナイフなどキャンプ用品に着替えと靴を9足、兄の免許証などを所持してました。ゴルフをしにきたとは思えない明らかに不自然な内容でした。
 
 

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★スコット・ピーターソンの裁判に全米が注目


スコットの裁判が始まると全米の注目の的となりました。

実業家の息子として生まれ育ち、料理の得意な妻をレストランを開き成功するなど、誰もが羨む完璧な夫婦だったスコットとレイシー。しかし、裁判と通して、このパーフェクトカップルの闇が見えてくるのでした。

★スコットの不倫


スコットの電話を盗聴していた警察は、アンバー・フレイという愛人の存在を明らかにしました。

スコットはアンバーと不倫をする以前にも、不倫経験がありました。さらに不倫相手には、妻のレイシーが生きている頃から「妻は亡くなった」と話していたのです。

スコット側は、不倫の事実については認めましたが、レイシー殺人事件への関与は否定しました。

★加熱するマスコミ報道


マスコミ各社はスコット・ピーターソン事件を連日ワイドショーで取り上げ、それを見る一般大衆や国民の想像力を煽り、かきたてていきました。

仕事や父親として生きていくことに不安を抱いたスコットが、子供の養育費や離婚にかかる費用を考えた結果、離婚以外の方法と選んだとう意見もありましたが、スコットに対する求刑の声は次第に強くなっていくのでした。

裁判を通じていろいろな事実が明るみになっていき、不倫相手だったアンバーでさえ「スコットは羊の皮を被った狼」と証言するまでになりました。

★レイシー失踪2日前にボートを購入


スコットは、レイシーが失踪した2002年12月24日クリスマス・イブの2日前の22日にボートを購入していました。この事実をもとに検察は、22日にボートを購入し、翌23日に自宅でレイシーを殺して遺体を海に捨てたと主張しました。

対して一方のスコット側は、レイシー殺害は変質者の犯行であると主張しましたが、根拠が乏しく、それを裏付ける確たる証拠もありませんでした。

しかし検察側も、殺害方法と殺害時刻までを明らかにすることは出来ませんでした。

★裁判の終結


陪審員の下した判断は、レイシー・ピーターソンの第一級殺人罪と、、胎児に対する第二級殺人罪。スコットは有罪となり、薬物による死刑が求刑されました。

スコットは今でも無罪を主張しているそうです。

★ゴーンガールの実話


のちに、映画「ゴーン・ガール」の実話モデルとなりました。

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