【日産新社長 西川広人】学歴や経歴などwikiがすごい「ゴーン退任理由は?代表権のある会長に。」(画像あり)

日産のカルロス・ゴーン氏(62才)が社長を退任して、共同CEO西川広人さん(さいかわ ひろと63才)が単独CEOとして2017年4月1日から新社長となることになりました。
ゴーン氏といえば、瀕死の状態だった日産を2000年から再建に取り組み、見事生き返らせた一番の立役者です。
今後は、代表権のある会長となりグループ全体を統括するそうです。

新社長になった西川広人さんとはどんな人なのでしょう?
高校や大学などの学歴や、経歴を調べてみました。
すると東大出身のエリートだと判明しました。高校は開成ではとの噂もあります。
ゴーン氏が社長になってからは調達部門で活躍し、常務➝副社長➝CCO➝副会長➝共同CEOとどんどん登りつめていったスゴイ人でした。

また、ゴーン氏が社長を退任する理由についても迫ります。
17年ぶりのトップ交代の理由とは。
 
 

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■日産新社長・西川広人 学歴や経歴などwiki(画像)


日産新社長・西川広人さんは
1953年11月14日生まれの現在63才。

調達担当としての経験が豊富で、日産の経営危機を救うためやってきたゴーン氏のもとで、コスト削減で会社の再建に大きく貢献した人物です。

■学歴は?

大学は東京大学の経済学部経済学科に進学。
1977年3月に卒業後、日産に入社しています。
東大出身のエリートです。

出身高校は公表していませんが、大学が東京大学であることから、開成高校ではと噂なようです。
開成高校だというのはあくまでも憶測の範囲です。

■経歴は?

西川広人さんの経歴は凄まじいものがあります。
見る限り、入社以来、出世街道をまっしぐらという印象。
50才の頃に常務に就任、52才の頃に副社長まで登りつめています。
ゴーン氏がやってきた2000年47才の頃に購買に関わってから一気に飛躍したようです。

ちなみに自工会(一般社団法人「日本自動車工業会」)の会長も務めています。

■西川広人の経歴一覧

1977年 4月 日産に入社

1999年 7月 欧州日産会社
2000年 4月 日産「購買企画部」次長
2000年10月 日産「購買企画部」部長
2001年 4月 ルノーニッサンパーチェシングオーガニゼーション エグゼクティブゼネラルマネジャー
2003年 4月 日産 常務執行役員

2005年 4月 副社長
2005年 6月 副社長・取締役
2011年 6月 代表取締役・副社長

2013年 4月 代表取締役・副社長・CCO(チーフコンペティティブオフィサー)
2014年 1月 代表取締役・副社長・CCO
研究・開発、生産、SCM、購買、TCSX(トータル カスタマー サティスファクション ファンクション)、ソーシング ステアリング コミッティ、TdC競争力強化推進 担当
2014年 4月 代表取締役・CCO
2015年 6月 代表取締役・CCO・副会長

2016年11月 代表取締役・共同CEO・副会長

引用:日産自動車ニュースルーム

60才の頃にはCCOに就任し、日産のナンバー2の座を射止めました。
昨年2016年11月にはゴーン氏の共同CEOに。
ゴーン氏にとっては右腕のような、なくてはならない存在ということでしょうか。

■2016年11月共同CEO就任

当時ゴーン氏は、CCOから共同CEOに昇格した西川広人さんのことをこう評価しています。

「私が不在の時は西川が決断を下す。彼と私は同じことをやってきた。全幅の信頼だ」

まさに右腕ですね。
西川広人さんを共同CEOにした理由は
ゴーン氏が三菱自会長職の仕事に時間と労力を割いても、肝心の日産の業務に支障が出ないための配慮でもありました。
ルノー議決権問題を巡るフランス政府との交渉で、日産の経営の独立を勝ち取ったことも、信頼と評価を一層揺るがないものにしたのでした。
年齢的にもゴーン氏と西川広人さんは同学年なので馬が合うのかもしれません。
 
 

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■ゴーン氏が日産社長を退任した理由


2000年から社長を務めてきたゴーン氏が退任し、共同CEO西川広人さんが新社長になることで、日産としては実に17年ぶりの社長交代となりました。
2017年4月から西川広人さんは単独CEO、ゴーン氏は代表権のある会長となります。

今回の社長交代はゴーン氏の提案だったそうですが、ゴーン氏が退任する理由はなんでしょう?

理由は
日産・ルノー・三菱自動車などグループ全体のかじ取りに、ゴーン氏の軸足を移すためです。
ゴーン氏は代表権のある会長として、3社の連携を統括、指導や監督に専念します。
社長を退任するといっても代表権はあるので、ゴーン体制であることに変わりはないですね。

振り返れば2000年、経営危機に瀕した日産に、資本提携したルノーから送り込まれたのがゴーン氏でした。
2000年6月に社長就任、2001年に最高経営責任者として、会社再建に尽力しました。
ゴーン氏の手腕によって日産は黒字になり、利益も増えました。
ただ一方で、車種を減らしたことで選ぶ楽しみが減ったという意見もあります。
また、海外では当たり前なのですがゴーン氏の報酬が、日本人の感覚からすると高すぎるとの声も。
しかしゴーン氏がいなかったら、日産はなくなっていたでしょう。


 
 

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