【赤報隊事件】犯人・島村征憲は大誤報!真相は朝日新聞特命班が追及…草彅剛が演じる

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「赤報隊事件」とは1987年~1990年に起きた連続事件のことで、犯人は「赤報隊」を名乗り、朝日新聞社の3か所を襲ったあと、竹下登・中曽根康弘を脅迫、リクルート元会長、韓国人会館を襲いました。犯人の動機は「反日を処刑すること」。

「赤報隊事件」で特に酷いのは最初の朝日新聞阪神支局襲撃事件。犯人は散弾銃で記者2人を狙撃し、1人は死亡、1人は重傷を負いました。

しかし犯人逮捕・真相解明にいたることなく2002年に時効を迎え未解決事件となりましたが、2009年に週刊新潮が「赤報隊事件犯人を名乗る島村征憲の手記」を大スクープして大きな話題に。ところが島村征憲が犯人というのはのちに島村征憲の嘘だったと判明。週刊新潮も誤報を認めました。

その後、島村征憲は北海道でひっそり自殺した模様。

2018年1月27日(土)~28日(日)「NHKスペシャル未解決事件」は「赤報隊事件」を取り上げ、第1夜は元SMAP草彅剛主演でドラマ化されます。朝日新聞阪神支局襲撃事件のあと、朝日新聞は特命班を結成し犯人捜しと真相究明に心血を注ぎました。果たして犯人と真相は明らかになったのでしょうか?
 
 

 
 

■未解決事件「赤報隊事件」とは


「赤報隊事件」とは1987年~1990年に起きた、赤報隊を名乗る犯人が朝日新聞を始め、中曽根康弘・竹下登を襲った連続事件のことです。

■1987年「赤報隊事件」の始まり

★5月 朝日新聞阪神支局
1月24日、兵庫県西宮市にある朝日新聞阪神支局の2階の窓に散弾銃2発撃ち込まれました。

それから4か月後
5月3日の憲法記念日よる8時すぎ
目出し帽をかぶって散弾銃を持った犯人が、朝日新聞阪神支局の2階の編集室にいた記者3人を襲いました。

犯人は最初、犬飼兵衛記者(当時42歳)を2~3mの至近距離から狙撃。犬飼兵衛記者は200個以上の散弾粒を浴びた結果、右手の小指と薬指を失くすことになり、散弾粒の一つは心臓の2mm手前で止まるという重傷を負います。幸い命は助かりました。

犯人は次に、小尻知博記者(当時29歳)を狙撃。小尻知博記者は病院に搬送され25:10に失血死しました。

犯人は最後、3人目の記者(当時25歳)を狙撃しようと銃口を向けますが、撃たずに無言で立ち去っていきました。目撃者としてわざと生かしたのでしょうか?

小尻知博記者が殺され、言論の自由を暴力で脅かした大事件として報道されます。

★9月 朝日新聞名古屋本社の社員寮
阪神支局襲撃から4か月後、今度は朝日新聞名古屋本社の社員寮に散弾銃を持った犯人が侵入。無人の食堂のテレビと、隣接するマンションに散弾銃を発射しました。犠牲者がいなかったのが幸いでした。


■「赤報隊事件」2年目

★3月 朝日新聞静岡支局
半年後の翌春、朝日新聞静岡支局の駐車場から時限爆弾が見つかります。前日に設置されたようですが、幸い不発でした。

★3月 竹下登首相と中曽根康弘前首相
ターゲットは朝日新聞から政治家へ。当時の竹下登首相と中曽根康弘前首相に、脅迫状が送られました。

★8月 リクルートの江副浩正元会長
今度はリクルートの江副浩正元会長の自宅玄関に散弾銃を発射される事件が発生。


■「赤報隊事件」最後の年

★5月 愛知韓国人会館放火事件
犯人は愛知韓国人会館の入口付近に放火。これが最後の「赤報隊事件」となりました。

警察は件「赤報隊事件」を「同一人物・グループによる一連の事件」と断定しましたが、犯人逮捕に至ることなく、朝日新聞阪神支局襲撃事件は15年後の2002年5月3日に時効、他の事件も2003年3月11日までにすべて時効を迎えました。

朝日新聞阪神支局襲撃事件で重傷を負った犬飼兵衛記者は、その後復帰して仕事を続けましたが2007年に退職、犯人逮捕を見届けることなく73才で死去しました。

■未解決事件「赤報隊事件」の真相 犯人の動機は?


■犯人を名乗る「赤報隊」とは?

「赤報隊事件」がなぜそう呼ばれるかというと、事件のたびに「赤報隊」を名乗る犯人から犯行声明が送りつけられたからです。彼ら曰く、反日分子を処刑するために結成された実行部隊です。

■犯人「赤報隊」の動機は?

犯人の動機は反日分子を倒すことでした。これが事件の真相だとみられています。

犯人が送った声明には
「この日本を否定するものは許さない」
「反日分子には極刑あるのみ」
「反日世論を育成したマスコミに厳罰を」
「特に朝日は悪質である」
「全ての朝日社員に死刑を言いわたす」
といった朝日新聞に対する激しい敵意、戦後体制を否定する想いが込められていました。

竹下登首相を脅迫した動機は
「貴殿が八月に靖国参拝をしなかったら わが隊の処刑リストに名前をのせる」という靖国神社参拝を求める内容でした。

中曽根康弘前首相を脅迫した動機も
「靖国参拝や教科書問題で日本民族を裏切った。英霊はみんな貴殿をのろっている」という靖国神社参拝に関するものでした。

リクルート江副浩正元会長自宅放火の動機は
「赤い朝日に何度も広告をだして金をわたした」というものでした。

愛知韓国人会館に放火した動機は
韓国大統領の来日反対で、「くれば反日的な在日韓国人を さいごの一人まで処刑」と脅迫していました。

■真相は、阪神支局員の記事?

朝日新聞阪神支局が襲撃されたあと、真相は殺された小尻記者含む記者が書いた記事や取材が原因かと思われました。

しかしほかの朝日新聞支局でも事件が連続したので、犯人の狙いは朝日新聞だとわかりました。それでも殺された小尻記者が関係しているという憶測が消えることはなかったようです。小尻記者のノートや手帳にも、そういったことを示す証拠はなかったといいます。

犯人が見つからず真相がわからないまま時効を迎えた未解決事件となった「赤報隊事件」ですが、その後、島村征憲という男が犯人を名乗り世間に衝撃を与えることに。
 
 

■未解決事件「赤報隊事件」の真相 犯人は島村征憲だった?


■犯人の島村!週刊新潮が報じる

2009年2月
週刊新潮が「赤報隊事件」の犯人を名乗る島村征憲の実名手記を4週にわたって報じました。島村征憲は、朝日新聞阪神支局襲撃事件の実行犯だという真相を明かした大スクープです。

しかし島村征憲は、それまでもマスコミに自分を売り込んでいたようで、取材しても犯人だという確証がなく、証言もぶれていたので新聞やテレビは報じていなかったのです。犯人しか知らないような秘密の暴露もありませんでした。

警察も島村征憲についてすでに捜査済みだったとか。「赤報隊」の容疑者は10人の右翼が徹底的に捜査されました。うち1人と島村征憲は親しく、刑務所から年賀状を出す程の仲で、その友人の冤罪を晴らすために自分が犯人だと名乗り出たといいますが・・・

なにより事件当事者である朝日新聞社が「客観的事実と明らかに異なる点が多数ある」と指摘。

一方で、週刊新潮の記事で島村征憲は、公的機関に所属する黒幕から犯行を依頼されたことになっていて、その公的機関はCIAだという関係者もいて当の週刊新潮が驚いたり。

■犯人の島村は誤報だった

島村征憲は犯人を名乗りましたが、あらゆるメディアが手記の内容は事実ではないとバッシング。

結局、島村征憲はのちに週刊文春の取材で「自分が犯人ではない」と認め、週刊新潮も誤報を認めたのでした。当時この誤報に1番激怒したのは朝日新聞社でした。

実際、未解決事件が時効を迎えた後に「自分が犯人だ」と名乗る人は多いです。有名な3億円事件でも何人もいたそう。「赤報隊事件」も島村征憲以外も犯人を名乗る人物が何人もいたそうですが、逮捕されていないのは犯人ではないからでしょう。

結局、真相はわからないまま・・・

■犯人を名乗った島村 その後は?

島村征憲は「私が犯人だ」騒動のあと埼玉県戸田市に住んでましたが、4月の北海道富良野の山奥で死体となって発見されました。山道沿いの資材置き場で、雪の解けたワラの上に倒れていたのを住民が発見。一部白骨化してましたが病院の診察券で身元判明。

死亡する前の1月末、旭川のビジネスホテルで睡眠薬による自殺未遂を起こしたあと行方不明になっていたし、遺書があったので警察は死因は自殺だと判断。

しかし遺留品に島村征憲が吸わない銘柄のタバコ、飲まない筈のウイスキーがあったので、遺族は自殺を疑っています。

島村征憲は旭川には飛行機で運べないものを所持していたから、飛行機でなく電車で来たといいますが、「運べないもの」が何だったのか?謎のまま。 
 

■赤報隊事件がNHKスペシャル未解決事件で草彅剛主演ドラマ化


2018年1月27日(土)~28日(日)「NHKスペシャル未解決事件」は「赤報隊事件」を取り上げ、第1夜は元SMAP草彅剛主演でドラマ化されます。

草彅剛主演ドラマでは、犯人側でなく、被害者である朝日新聞社側からの視点で描き、草彅剛は特命取材班記者を演じます。

■放送日
番組名:NHKスペシャル 未解決事件 File.06「赤報隊事件」
第1夜放送日:2018年1月27日(土)
 よる7:30~8:43「実録ドラマ」
第2夜放送日:2018年1月28日(日)
 よる9:00~9:49「ドキュメンタリー」

■第1夜「実録ドラマ」

1夜目はNHKが入手した極秘資料や関係者の証言をもとに「実録ドラマ」で知られざる事件の闇に迫る

シリーズ未解決事件「赤報隊事件」。1夜目は仲間の記者を殺された朝日新聞“特命取材班”の知られざる内幕を実録ドラマ化。特命班の中心人物で犯人追跡に記者人生をかけた主人公・樋田毅記者を草ナギ剛が熱演する。

赤報隊とは何者なのか?その目的は?謎に包まれた事件に挑む樋田記者だが、脅迫文や襲撃事件は全国に拡大、時の総理大臣までが標的となっていく。やがて警察も聴取できなかった重要人物へと辿り着くが…。

キャスト
草彅 剛(朝日新聞特命取材班記者役)
上地雄輔(朝日新聞特命取材班記者役)
堀内敬子、長谷川朝晴、中越典子、丸山智己、松澤一之、宮川一朗太、村田雄浩

引用:http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=12819

■第2夜「ドキュメンタリー」

2夜目は多くの謎を残して闇に消えた「赤報隊」と事件の真相に独自取材で切り込むドキュメンタリー

目出し帽の男は一体何者なのか? 全国にまたがる“テロ事件”は単独犯の仕業なのか、複数犯の手によるものなのか? そして、犯人の真のねらいは何だったのか?

真相解明のカギを握るとされた一連の「犯行声明文」をめぐる新たな事実や、NHKに接触してきた「犯人を知る」というナゾの人物、そして警察が追跡していた知られざる“真犯人の影”など、30年目にして得られた新事実をもとに、赤報隊事件の深層に分け入っていきます。

引用:http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=12819

■朝日新聞社の特命班

「原稿は書かないでいい。犯人を捜せ」と指示を受け、真相究明のため結成されたのが特命班です。

刑事のように不審人物を尾行、周辺の聞き込み、不審な団体事務所の出入りをカメラで監視など行っていました。一方で自分たちがいつ襲われるかもしれないという危機感を抱きながらの取材でした。

特命は2年間ほとんど記事を書かず犯人探しに専念。取材報告書は60冊以上になりましたが犯人は見つからず、記事を書かない特命班に対して社内でも風当たりが強くなったことも。

ここまでして特命班を犯人捜しと真相究明したのは、同僚が殺された怒りだけでなく、言論の自由が暴力で奪われる危機感があったからです。だから当時は他の新聞社などマスコミ、市民たちも一緒に事件に立ち向かいました。

「反日」とうワードは「赤報隊事件」前は右翼もほとんど使わない言葉でした。

「反日」という言葉は現在ネットでも当たり前に使われるようになった原因は、「赤報隊事件」にあるともいわれています。
 
 

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