ピューマ渡久地は現在、離婚した嫁が記憶の消える病気とボクシングジムの会長で支える(平成の三羽烏)

元プロボクサーのピューマ渡久地さん(48才)は現在、記憶が消えていく病気を患っていて、両親と元嫁に支えられる生活を送っています。

ピューマ渡久地さんは90年代に鬼塚勝也さん・辰吉丈一郎さんと共に「平成の三羽烏」と呼ばれたスター選手でしたが、ユーリとの試合直前に失踪したことが原因でライセンスをはく奪され、復帰後はあまり活躍できないまま引退しました。

引退後は嫁の聡美さんとボクシングジムを開きますが、離婚後に体調を崩して4年間の療養生活。ジム会長は元嫁の聡美さんが務めてくれています。

記憶が消えていく病気には「記憶障害」や「解離性健忘」がありますがピューマ渡久地さんはどんな病気なのでしょう?
 
 

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■ピューマ渡久地 プロフィール(画像)


名前:ピューマ渡久地(ピューマ とぐち)
本名:渡久地 隆人
出身地:沖縄県うるま市
生年月日:1969年11月20日
年齢:現在48才
高校:興南高校
大学:日本大学獣医医学部を中退
職業:元プロボクサー

■アマチュア時代

ピューマ渡久地さんは高校からボクシングをスタート。インターハイで準優勝、国体で沖縄県チームで優勝など58戦53勝5敗というプロ顔負けの戦績を残していきました。

当時80年代の日本のプロボクシングは低迷期。ピューマ渡久地・鬼塚勝也・辰吉丈一郎の3人が高校生スターとして注目されました。

■デビュー

そんななか3人はプロデビューし「平成の三羽烏」として活躍を見せていきます。昭和30年代の「三羽烏(ファイティング原田・青木勝利・海老原博幸)」とよく比べられましたが、ズバ抜けて強く一番才能がある天才と称賛されたのがピューマ渡久地さんでした。

パンチ力と目の良さは抜群でしたが、破天荒すぎるキャラから才能があっても世界を取れなかった青木選手に似た危険な匂いもあったといいます。

18才でプロデビューすると
全日本新人王
A級トーナメント優勝
東日本新人王トーナメン優勝
日本プロスポーツ大賞
内閣総理大臣新人賞受賞
KO勝利で日本王座獲得
初防衛戦もKO勝ち
11戦11KOという無敵の強さ。

90年代は、カリスマ人気を誇る辰吉丈一郎選手、若い女性に人気のイケメン鬼塚勝也選手、そして世界レベルのパワーを誇るピューマ渡久地選手が「平成の三羽烏」としてボクシング界人気を牽引していました。

しかしなんと失踪事件が発生

■ユーリ戦で失踪事件

1991年3月、ソ連が解体に伴い活躍の場を求めて来日したチャコフ・ユーリ選手と3度目の防衛戦でで対戦直前、ピューマ渡久地選手が失踪してしまいました。

失踪の原因は、酒を飲んでケンカをして拳を骨折。プロボクサーのケンカはライセンス停止となるのでジムから叱られると、ふてくされて失踪したのでした。

この失踪事件のせいで、日本王座は剥奪され、「無期限ライセンス停止」の処分を受けました。

「世界チャンピオン候補」から一転して、21~23才までの2年半、まったく試合ができず毎日ウズウズしていたそう。しかしこの時期に嫁と出会い交際を始めています。

■復帰するが初黒星

更生を認められ2年半のブランクを経て復帰しますが、かつての輝きは取り戻せず、1993年4月の復帰戦で初黒星・・・。

復帰2戦目でも敗れ連敗。

1996年8月26日、両国国技館に1万1000人の大観衆を前に、失踪事件でおあずけだったチャコフ・ユーリと世界初挑戦。しかし9回TKOで敗北。

ピューマ渡久地選手は30才直前まで現役を続け、1999年10月に1年4か月ぶりの試合で負けたのを最後に引退しました。

■ピューマ渡久地と辰吉の関係


ピューマ渡久地さんは同じ「平成の三羽烏」の1人辰吉丈一郎さんとケンカしそうになった過去があります。

高校時代、沖縄国体で出会ったのですが、辰吉丈一郎さんが冗談で「沖縄の女はブサイク」と言った言葉にカチンと来て、それに対してピューマ渡久地さんが言った言葉を辰吉丈一郎さんが聞き間違えたりして一触即発な険悪な雰囲気に。しかしそこに大阪帝拳の吉井会長が視界に入ったためなんとか収まり。

その後、大会が終わったときにはお互いに実力を認め合って意気投合したそうです。
 
 

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■ピューマ渡久地 嫁は聡美で離婚してる…


1993年8月5日23才、2年半のブランクから復帰したにピューマ渡久地さんは、結婚しました。

結婚した嫁は1才年上で名前は生田聡美さん。出会ったのはプロ新人時代ですが、失踪事件でボクシングが出来なかった時期から交際スタートしました。

子供は2女1男という3人に恵まれました。

トレーナーに恵まれなかった旦那のため、トレーニングメニューや減量法など現役生活を支えていました。

しかし2006年、ピューマ渡久地さんが36才の時に離婚・・・

■ピューマ渡久地ボクシングジム 現在のジム会長は元嫁


ピューマ渡久地さんは現役引退後、嫁と東京・港区東麻布に「ピューマ渡久地ジム」を設立。2007年度には東日本ボクシング協会理事も務めました。

しかし離婚後の2009年頃、体調を崩してしまい、ジム会長を元嫁に任せて、名誉会長に退いて故郷・沖縄で療養しながら家業を手伝う生活を4年ほど続けました。木を伐採したり、家を造ったりしていたそうです。

ということで、元嫁の聡美さんが現在も「ピューマ渡久地ボクシングジム」の会長で、ピューマ渡久地さんが名誉会長という、ちょっと変わった関係。

ボクシングジムで女性の会長は珍しいですね。元嫁の聡美さんはプロボクシングマネージャーライセンスも所持しています。

元嫁の聡美さんはボクサー育成だけでなく、減量サポートの経験を活かして2013年に「餃子ダイエット」を出版するなどダイエットも教えています。

――朝・昼の食事はどんなメニューにしたらいいですか?

渡久地:朝はバナナ1本と100%のオレンジジュースをコップ1杯、昼は炭水化物を中心とした食事(500g。普通の定食くらい)、夜は餃子(18gのものを6、7個が目安)のみというのが餃子ダイエットの1日の基本のメニューです。バナナは100%のオレンジジュースとの組み合わせによりエネルギーに早く変わりますし、ビタミンCは朝にいちばん体が吸収するのです。

引用:NEWSポストセブン

簡単そうなのでやってみたくなるダイエットです。

■ピューマ渡久地 現在は記憶障害の病気


ピューマ渡久地は現在、記憶が消えていく病気を患ってるそうです。

記憶喪失の期間はなんと10年間にも及び、両親と元嫁が支えてくれてるそう。

10年前といえば、嫁と離婚から2年後で、体調を崩して療養生活に入る頃です。

記憶が消えていく病気には「記憶障害」があり、自分の体験した出来事や、過去の記憶が抜け落ちてしまう障害のことで、認知症の中核症状のひとつ。

ピューマ渡久地さんは20代後半に「脳梗塞の疑いがある」と診断され、世界再挑戦のチャンスを逃しています。実は誤診だったとあとで判明してるのですが、ボクシングは顔にパンチを受けると脳が揺れてダメージを負うことがあります。

記憶が消えていく病気は「解離性健忘」というものもあり、ストレスやトラウマが原因で記憶喪失が起きます。

ピューマ渡久地さんはどんな病気なのでしょう?詳しくは4月6日放送「 爆報!THEフライデー」で明かされます。

 
 

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