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いま注目のペルー人、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんの経歴やプロフィールから、彼はいったいどんな人物なのか?特徴や性格などに迫っていきたいと思います。
ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんは現在30才。年齢から逆算して産まれた年は1985年、昭和61年ということになります。
名前に「ナカダ」とあるので、日系ペルー人だと思われますが、日本語は上手ではなく片言で、日本人がナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんの言うことを聞いても意味がわからないといいます。会話には通訳が必要となりますね。
最近は熊谷市内にいましたが、市内では「変な外国人」と言われていて、本人は「母国のペルーに帰りたい」と希望していたようですが、ペルーに帰りたくてもお金がなければ帰れませんから、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんなりに辛い想いがあったのかもしれません。
ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんは2005年、平成17年にペルーから来日して、神奈川県横浜市、埼玉県の鴻巣市や所沢市、群馬県伊勢崎市なとに移り住んで転々としていて、現在の住所は住所不定となっています。ひとつのところにじっとしといられない性格かもしれません。
神奈川県の川崎市にお姉さんがいますが、来日したときにお姉さんといっしょにだったかはわかりません。
たばこを吸っていますが銘柄は明らかにされていません。今はタバコも高くなっていますから、ペルーに帰りたいのであれば、タバコは我慢して節約してお金を貯めたほうがいいかもしれません。あまり我慢強い性格ではないのかもしれません。
ペルーに帰るにはどのくらいのお金が必要なのでしょう?調べてみると、バリグブラジル航空を使い、ロサンジェルス経由でペルーに行くと、待ち時間なども含めて18時間くらいかかり、費用は往復で13万円くらいなようです。
そのくらいの金額なら、日雇いのアルバイトなど頑張ったりすればなんとかなりそうなものですが・・・。できなかったのでしょうか。「母国のペルーに帰りたい」と思ってるだけでは帰れませんよね。
在日ペルー人の人口は2012年末で、およそ5万人とされ、在日アメリカ人よりも多いといいます。そして、話す言葉はほとんどがスペイン語だそうなので、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんもスペイン語だと思われます。
スペイン語がわかる日本人はそう簡単にはいないと思うので、市内で「変な外国人」と思われても仕方ないかもしれません。
在日ペルー人は1990年に日系人への就労ビザを発行してから急激に増えて、それから5年で36,269人へと急増しました。2008年が最盛期で59723人。その後はリーマンショックによる日本経済の不況が原因で、工場で働いていた在日ペルー人が仕事を失い帰国したので減少したのです。在日ペルー人の一部は、日本に永住する人もいます、
ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンさんが来日したのはリーマンショックのあとの2005年ですが、どんな仕事をしてご飯を食べていたのかは明らかにされていません。
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