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いまだ行方不明中である田野岡大和君の、父親と姉がインタビューで嘘の口裏合わせをしていた可能性が指摘されていますが、本当なのでしょうか
田野岡大和君の父親と姉のインタビュー以外にも、父親は嘘の供述をしています。
それは服装です。
また、行方不明になった場所はそもそも山菜取りができる場所でもないことから、警察はすべてを疑っているということです。
目次
■ 田野岡大和君の家族
■田野岡大和君の家族は5人暮らし
・祖父(64才)
・祖母
・父親(名前は貴之 44才)
・母親
・姉(小5 何歳か公表ないがおそらく10~11才)
一家5人は、約10年前に北斗市の新興住宅に引っ越してきました。
父親は網走出身で現在IT企業勤務であり、つい最近まで札幌に単身赴任していました。
母親は函館が地元で、看護師をしています。
両親が共働き状態なので、子供の面倒は祖母がみていました。
■ 田野岡大和君の父親貴之と姉のインタビュー
田野岡大和君の父親貴之さんは、当初捜索願いを警察に出した際は
「山菜取りの最中に行方がわからなくなった」
と嘘の説明しました。
しかし一夜明けて翌29日。
「しつけのために置き去りにした。
5~10分で戻ったら姿が見えなかった」と真実を告白しました。
メディアからのインタビューには
「泣きながら車を追いかけてきたため、一度は車内に戻ることを許したが、500mほど進んで再びおろした」
「本当のことを言うと虐待などを疑われると思い、世間帯を気にした」
「お仕置きやしつけという理由で警察に対応してもらうことに気が引けた」
などと答えました。
捜査関係者は、果たして5~10分の短時間に7才の田野岡大和君が、自分の足で姿が見えない遠くまで行けるのか?と語っています。
そもそも両親は捜索願の虚偽にはじまり、供述にも変遷があり、そのため捜査は混乱し、幹部は激怒したといいます。
警察は、28日に失踪したという根本的な部分も含めて、すべてを疑って捜査を進める方針です。
一方、小5の姉がインタビューに答えた内容は
「お父さんと大和が(車を降りて)山菜があるか見に行き、
しばらくしてお父さんから『大和がいなくなった』と電話があった」
という、これまでと違う証言をしました。
これによる姉は、父親の当初の「山菜取りの最中にはぐれた」という嘘の証言と口裏合わせをした可能性が出てきました。
父親と母親が姉に、口裏合わせをするよう命じていたのかもしれませんが、父親が嘘に耐えられなくなり置き去りを告白したので、食い違いが出てしまいました。
いったい何が嘘で本当なのか?
田野岡大和君が見つからない今、謎は深まるばかりです。
ちなみに警察は父親と母親に対して、かんたんな科学調査をしましたが、血痕の有無を判定するルミノール反応はなかったといいます。
■ 田野岡大和君の父親貴之 服装も嘘
父親貴之さんは、田野岡大和君の失踪時の服装についても嘘をついていました。
そもそも失踪したという場所は山菜が採れるようなところではありませんでした。
服装については
・緑と白のストライプのTシャツ
・紺のジーンズ
・サンダルを着用していた
となっていました。
しかし翌29日の説明では
・上はアルファベットの刺繍が入った黒いTシャツ
・赤の運動靴
というように服装を変えました。
水遊びで濡れたから着替えさせたと述べているのですが、なぜ最初からそう話さなかったのか。
ただ、その後に家族別々に行われた事情聴取では、父親・母親・姉の証言に大きな矛盾はないといいます。
■ 田野岡大和君 両親の評判
田野岡大和君の両親は、近所の評判はよかったです。
田野岡大和君は元気でいたずら好きな面がありましたが、両親にはとても可愛がられていたという評判です。
田野岡大和君が父親とキャッチボールをして遊んだり、姉と遊ぶ姿がよく見られていました。
父親と一緒に北海道日本ハムファイターズの試合を観に行ったことを日記にも書いていました。
田野岡大和君が通う北斗市浜分小学校の工藤達也校長も、大変仲のよい家族だと思ったと話しています。
■ 田野岡大和君 依然として行方不明
■5月28日(土)捜索1日目
約100人態勢で捜索したが見つからず
■5月29日(日)捜索2日目
約180人態勢で捜索したが見つからず
警察犬+上空からヘリコプター
■5月30日(月)捜索3日目
約130人態勢で捜索したが見つからず
■5月31日(火)捜索4日目
約115人態勢で捜索したが見つからず
午後から激しい雨
■6月1日(水)捜索5日目
自衛隊75人含む約203人態勢で捜索したが見つからず
■6月2日(木)捜索6日目
自衛隊69人を含む約185人態勢で捜索したが見つからず
半径約1・5キロの範囲でローラー作戦も
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