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「おヒョイさん」の愛称で親しまれた俳優の藤村俊二さんが、1月25日に死去していたことがわかりました。
享年82才。死因は心不全でした。
2015年に「ぶらり途中下車の旅」を降板して心配されていましたが、現在すでに亡くなっていたんです。
現在「藤村俊二亡くなる」のニュースが駆け巡っています。
若い頃にはヤバい伝説がある藤村俊二さんですが、50才を過ぎてからは大病を3度患って、そのたびに復活していました。
亀田病院で入退院を繰り返し、最後亡くなる時は海の見える部屋だったのでしょうか。
鎌倉生まれで育ちのいい藤村俊二さんはお洒落で、愛車はベンツ。青山にワインバーも経営していました。
アニメ黒執事ではタナカの声優を務めるなど、執事のイメージにこれだけハマる俳優は他にいないと思います。
藤村俊二さんには現在嫁と子供がいますが、家族も経歴がすごかった・・・
目次
■「おヒョイさん」藤村俊二 死因は心不全
長男・亜実さんから公式サイトにお知らせを載せています。
去る1月25日(水)20時45分頃、父・藤村俊二が心不全のため入院先の病院で永眠いたしました(82歳)。生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます。
2015年12月に日本テレビ「ぶらり途中下車の旅」の番組を降板させていただいてから、復帰を目指して療養しておりましたが、最期は苦しむ様子もなく、穏やかに息を引き取りました。
引用:http://ohyoi.ohyoiandsons.com/
藤村俊二さんはかなり長い間、入退院を繰り返していました。
2015年に体調を崩してから、事務所とも相談して「仕事をセーブしたい」と、静養してしっかり治してから復帰したいとの想いがありましたが残念・・・
あまりプライベートを話したがらない人だったので、葬儀もすべて終えたところでの発表になったのだと思われます。
■「おヒョイさん」藤村俊二 入院した病院は亀田病院らしい
藤村俊二さんはがんで入院したことがあります。これまで大病を3度患って、そのたびにひょうひょうと復活していました。
53才の時、肺気胸で手術
56才の時、胃がんの摘出手術
64才の時、大動脈がんの手術
2015年12月に「ぶらり途中下車の旅」を降板してからは、体調が悪くなるとすぐ入院できる体制でいました。
入院先は、心臓血管外科で高く評価される、千葉県内の病院です。
ヒントは
・千葉県内にあり心臓血管外科が評判
・海の見える病室がある
です。
調べると該当するのがこちら。
・亀田総合病院
アメリカで10年以上心臓血管外科の修行を積んできた外山医師が1983年に開いた病院。
藤村俊二さんが64才で患った大動脈がんの手術も安全に行っています。
場所は鴨川シーワールド近くの海沿い。
K棟10F・11Fは海が良く見えるので、藤村俊二さんはこの部屋に入院していたのかも。
↓院内から海が見えて癒されます。
亀田病院とかまじホテルかよ pic.twitter.com/2BaLFOjW4L
— ぐずもど (@geluge4184) 2017年1月10日
■「おヒョイさん」藤村俊二 経歴プロフィール
黒執事のタナカさん大好きでした…
あの声が聞けないと思うととても悲しいです
ご冥福をお祈りします。#藤村俊二#黒執事#タナカさん pic.twitter.com/1EnPPAsRlr— まっつん♂@色ニャビー国際孵化で粘る! (@yui123akb) 2017年2月1日
1934年
神奈川県鎌倉市に生まれる
父親はスバル興業の社長(高速道路のメンテナンスや外食など多岐にわたり展開)
1960年
日劇ダンシングチームとして渡欧。
帰国後に振付師に転向。
「おヒョイさん」の愛称で人気者に。
現場でヒョイっといなくなることから、「おヒョイさん」と呼ばれたんだとか。
出演番組は
「なるほどザ・ワールド」「ぴったしカン・カン」「王様のレストラン」など
ファッションもおしゃれで、見ていてほっこりする温かいキャラの人でした。
執事役がぴったりで、デスノートのワタリも演じてましたね。
アニメ「黒執事」では、執事のイメージにぴったりでタナカ役の声優も担当してました。
■バーを経営していた
以前、青山にワインバーがありました。
6年ほど前に閉店。自分でカウンターにも立って接客するなどサービス精神旺盛でした。
バーの名前は「O’hyoi’s(オヒョイズ)」
店名ですぐ藤村俊二さんのバーだとわかりますね。
■愛車はベンツ
お洒落な藤村俊二さんは、愛車はクラシックなベンツでした。
ピッカピカに磨かれた1967年式のベンツ280SL。
5年前に見た、おひょいさんの愛車、内装も最高なピカピカの黒の1967年式ベンツ280SLは今も現役なのだろうか。気になる pic.twitter.com/DTokJQE6NO
— 池乃こいし (@369doughnut) 2015年7月7日
■若いころの伝説がヤバい
藤村俊二さんはやり手社長の息子で鎌倉育ち。
お金持ちのお坊ちゃまですね。
ほっこりさせるあの雰囲気は育ちのよさから来ているのでしょう。
しかしそんな藤村俊二さんには若いころにはヤバそうな伝説が。
昔、藤村俊二が接触事故を起こした時
パッと見では分からないような傷なのに、狂ったようにまくし立てる相手にカチンときて
「いいですか?本当の衝突とはこういうものです」
と言ったと思うと
自分の車に乗り込み、相手の車に思いっきりぶつけたらしい
普段優しい人が怒ったら怖い事例ですね。
言葉がていねいなので余計に相手は驚いたことでしょう。
しかしこれは噂レベルなので、真偽は定かではありません。
一方、若い頃、振付師としての伝説もあります。
平均視聴率27.3%を誇った伝説の番組「8時だよ!全員集合があります」にて。
番組冒頭の「エンヤーコラヤッ、ドッコイジャンジャンコラヤッ」の振付は、実は藤村俊二さんがしていたのです。
ポイントは「腕・肩を順番に触るだけの単純な動作だが、忙しく踊っているように見えること」
そんな裏話があったんですね。ちなみにギャグアドバイザーでもありました。
ほかにもレナウンのCM「イエイエ」の振付も担当したそうです。
■藤村俊二の嫁 藤村みか代のプロフィール
藤村俊二さんの嫁は、1962年生まれの藤村みか代さんといいます。
学歴は早稲田大学の大学院修了という高学歴。
MPMを取得し、早稲田大学メディア文化研究所公共ネットワーク研究会会員でもある凄い人。
大学時代からモデル・司会・キャスター・レポーター・タレント・女優とマルチにこなす才女でした。
1995年に芸能事務所を設立し、藤村俊二さんなど俳優・女優・タレントのプロデュースやマネージメントを手掛けました。
翌年、藤村俊二さんと結婚したあとは、オフィスオヒョイの社長に。
■藤村俊二の子供 長男・亜実のプロフィール
藤村俊二さんの子供は、長男・亜実さんがいます。
しかし嫁・藤村みか代さんとの子供ではなく、前妻との子供なんです。実は再婚なんですね。
名前は亜実ですが、男性。
東京都世田谷区出身1966年7月28日生まれ。
成城大学を卒業後、カリフォルニアに留学して美術を専攻し
アメリカ永住権を1993年に取得してからはロスに移住。
CMコーディネーターとしての活動を経て、2005年、15年ぶりに帰国しました。
それからは父・藤村俊二さんの
グリーティング・カードやブックカードの企画・編集・プロデュースを務めています。
公式サイトにて父・藤村俊二さんの訃報をお知らせしたのも長男・亜実さんでした。
ご冥福をお祈りします。
■ネットの反応
そうか…藤村俊二も旅立ったか。「ハレンチ学園」のヒゲゴジラ、「ラヂオの時間」の守衛にやつした伝説の音効、欽ちゃんの仮装大賞の審査員…思い出は尽きない。ペットショップに毎日通い売られていた九官鳥に昔話を覚えさせていたら死なせてしまったという逸話も忘れられない。さよなら、おヒョイさん
— 昭和のピン (@okutaka_pin) 2017年2月1日
藤村俊二って
デスノートのワタリじゃん— けんじ (@k3e1n3j4i) 2017年2月1日
俳優の藤村俊二さんがタナカさんの声を担当されてたとか知らなかった、、、
タナカさんの優しい声がとても好きでした。ご冥福をお祈り致します。— 朔 -さく- (@saku__1783) 2017年2月1日
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