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賞味期限切れや産地偽装の不祥事で、2007年に釈明会見をした船場吉兆ささやき女将こと湯木佐知子氏が、9年の時を経て、今現在の姿で初めてテレビ出演します。8月5日の爆報フライデーです。
船場吉兆は不祥事のあと負債8億円で自己破産し、ささやき女将は今現在は見た目が激変しているといいます。
「借金を返すまでは・・・」と地獄の生活を送っているといいますが。
目次
■ 船場吉兆 ささやき女将の不祥事
吉兆は、1930年に創業した神戸の歴史ある名門料亭・・・のはずでした。
1991年に、創業者が子供たちににのれん分けして吉兆グループになっています。
・長男:本吉兆
・長女:東京吉兆
・次女:京都吉兆
・三女:船場吉兆(湯木佐知子)
・四女:神戸吉兆
となったのですが、三女・湯木佐知子氏による船場吉兆が不祥事を起こします。
この船場吉兆が、名門料亭をぶち壊します。
■賞味期限切れや産地偽装
1999年、船場吉兆は九州に進出したり、阪急百貨店と提携するなど多角経営に乗り出しました。
ところが行き過ぎた採算重視で経営を進めたため、2007年「賞味期限切れや産地偽装」が発覚します。
九州産の牛肉を、兵庫県産の黒毛和牛「但馬牛」として売ったり、お客の食べ残し料理を、別の客に出すといったこともしていました。
・賞味期限切れ
黒豆プリン・桜ゼリー・抹茶ゼリー・タルト・ほうじ茶ケーキ」
栗のふくませ煮などの惣菜
・地鶏の産地偽装
・みそ漬けの産地偽装
など、きりがないです。
■ 船場吉兆 ささやき女将の会見
2007年12月10日
船場吉兆の湯木佐知子氏は、不祥事の釈明会見を行いました。
自分の長男である湯木喜久郎氏と同席しての会見だったのですが、湯木佐知子氏は長男にささやき声を指示を出していました。
「頭が真っ白になったと」
「責任逃れの発言をしてしまいました」
「ないです」
「知らんと言え」
しかし、ささやき声はマイクが完全に拾っていて、全国放送で流れたのです。
まるでコントでした。
これにより湯木佐知子氏は「ささやき女将」の異名を持つようになりました。
長男・湯木喜久郎氏が職人気質で話下手だったことも災いしたようです。
会見のあと「なんであんなこと言ったんだ!」と喧嘩になったそうですが。
戦後身に着いた「もったいない精神」で「賞味期限切れや産地偽装」をした言い訳がありましたが、通用するわけがありません。
本当にそうなら余った残った料理をお客にテイクアウトしてあげたり出来たはずです。
余った食材を捨てるのが「もったいない」から、偽装してでも売って利益を得ようとしか思えません。
ささやき女将の船場吉兆は、偽装は認めずに、あくまで「誤解した」で押し通しました。
これは、偽装を認めると詐欺罪になってしまうからです。
「不祥事の釈明会見」のはずでしたが、実態は「保身会見」でした。
定期的に見るささやき女将の夢って何なの pic.twitter.com/jmEkhvYCa1
— やまゆ (@DropDaw) 2016年5月20日
■ 船場吉兆 ささやき女将のその後~現在
不祥事を起こした船場吉兆は、ささやき女将による「保身会見」のその後、再建を目指しました。
社長だった旦那は退任して、ささやき女将は新社長が就任しました。
子供たちは取締役でしたが退任しました。
再建を目指しましたが、不祥事によって失墜した信頼は回復せず、客足が激減します。
翌2008年5月28日
船場吉兆は破産して、消滅しました。
ささやき女将が抱えた負債は8億円にもなりました。
■その後の今現在 次男が日本料理店
次男の湯木尚二氏は、2011年にリーズナブルな日本料理「湯木」をオープンしています。
しかしそうなるまでは大変でした。
船場吉兆の破産して数ヶ月は、何も手に着かず貯金は100万円以下に。
そんな時、懇意にしていた外食チェーン社長が声をかけてくれて、月給15万円で店で働くことに。
やがてまた縁があり、2010年に別の知人から、元鮨屋が空いたから店をやってみないかと誘われたのです。
今現在では、3店舗に増え、船場吉兆時代のお客も何人かは戻ってきているんだとか。
日本料理「湯木」はこちらです。
とちなみにささやき女将の「被害」にあった長男・湯木喜久郎氏は、飲食とは関係ない全くの別の仕事をしているそうです。
■その後の今現在 ささやき女将は?
不祥事騒動から9年、ささやき女将の容姿は激変しているといいます。
その様子は、8月5日の爆報フライデーで明らかになります。
ささやき女将の現在がテレビ初出演です。
「借金を返すまでは・・・」
自業自得ですが、現在は地獄の生活なんだとか。
年金暮らしのはずですが。
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