ホテルニュージャパンの跡地 廃墟は14年間放置ってマジ!?都心のどまんなかに不気味なホテル

ホテルニュージャパンは、東京のど真ん中、赤坂見附の一等地にそびえ立つ、1960年開業の巨大なシティホテルでした。ところが1982年2月8日に大火災が起こり、廃業・・・跡地は廃墟となり1996年までの14年間、取り壊されることなく、高級ホテルに囲まれたなかずっと放置されていました。
 
 

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★ホテルニュージャパンの跡地の現在


ホテルニュージャパンの跡地は、
現在は「プルデンシャルタワー」という超高層ビルなっています。

★ホテルニュージャパンの跡地 廃墟は14年間放置


1982年、ホテルニュージャパンは火災2日後に営業禁止処分となり
あっさり廃業しましたが、ホテルの建物はすぐに取り壊されることはなく
なんと14年間もの間、廃墟のまま放置されました。

なぜ廃墟のまま放置したのか?
ホテルニュージャパンの横井英樹社長に多額の貸付をしていた「千代田生命」が
貸付金の担保にしていたこのホテルを競売にかけて売却しようとしました。
ところが、曰くつきの物件に手を出す投資家はいなかったのです。
仕方なく「千代田生命」が保有することになり、廃墟のまま放置されたのです。

赤坂見附という都心の一等地、しかもホテルニュージャパンは
首相官邸や衆参議員会館の真裏にありました。それは異様な光景だったといいます。

1996年、火災から14年が経ったとき、やっとホテルは解体されました。
ホテルニュージャパンの跡地の再開発事業に「千代田生命」が着手したのです。

2000年10月、ところがその千代田生命が経営破たんしてしまいます。
その後、「土地」と「建設途中のビル」を「プルデンシャル生命」が買収しました。
「プルデンシャル生命」は森ビルと共同でビルの建設を進めました。

2002年12月16日、ホテルニュージャパンの跡地に
「プルデンシャルタワー」が完成しました。
オフィスと外国人向けの高級賃貸から構成されるビルです。
 
 

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★ホテルニュージャパンの跡地の場所


★ホテルニュージャパン火災


1982年2月8日の深夜3時24分、ホテルニュージャパン火災は発生しました。
火災の原因は、9階938号室に泊まっていたイギリス人男性によるタバコの不始末。

タバコの不始末がなぜ巨大ホテルを廃業に追い込むほどの火災となったのか?
その原因としてあげられるのが、
・消防当局の指導を受けていたのに、スプリンクラーを設備していなかった
・火災報知機が故障していて非常ベルが鳴らなかった
・館内放送も故障&使い方を間違えるなどで、客や従業員に知らせることができなかった
・従業員が少なかった
・従業員が消火活動の基本的な訓練を受けておらず、消火器や消火栓の使い方を知らなかった
・客室内・客室間の防火環境が最悪(内装が可燃材、仕切りが木製)
・防火扉が閉まらなかった
といったもので、大火災になるのは当然でした。


 
 

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